【AI】長編小説 第一章 切り抜き①

Glowing sword beside an open rune-covered spellbook on a wooden table 小説投稿
A glowing sword and rune-covered spellbook rest on a candlelit medieval worktable.

 夕刻の武錬院は、昼間とは別の場所のように静かだった。

 訓練場には、木剣の打ち合う音も、生徒たちの掛け声もない。

 ただ一つ。

 風を切る音だけが、一定の間隔で響いていた。

 ルーカスは回廊の柱にもたれ、しばらくその様子を見ていた。

 中央にいるのはキアラだった。

 一人。

 何度も同じ踏み込みを繰り返している。

 速い。

 だが、武錬祭で見た時とは違う。

 右足を踏み込む直前、ほんのわずかに動きが鈍る。

 十回。

 二十回。

 三十回。

 同じ場所で、同じように。

「そこ、痛めてるだろ」

 木剣が止まった。

 キアラが振り返る。

「……いつからいたの?」

「少し前から」

「声くらい掛けてよ。怖いんだけど」

「掛けた」

「今ね」

 キアラは頬を膨らませた。

 ルーカスは構わず彼女の右足を見る。

「昨日の試合で捻ったな」

「捻ってない」

「なら、なぜ踏み込む前に重心を左へ逃がす?」

「……」

「無意識だ」

「見すぎじゃない?」

「観察していただけだ」

「それを見すぎって言うんだよ」

 キアラは木剣を肩へ乗せた。

「でも大丈夫。これくらい」

「悪化する」

「明日には治るって」

「根拠は?」

「気合い」

「話にならないな」

「その顔やめてよ!」

 キアラが笑った。

 ルーカスは笑わなかった。

 代わりに訓練場へ下り、彼女の前まで歩いた。

「今日はやめろ」

「嫌」

「なぜだ」

「負けたから」

 返答が早かった。

 ルーカスは少し黙る。

 キアラは木剣の柄を握り直した。

「あんな負け方したの、初めてだった」

「そうか」

「腹立つなあ、その反応」

「何と言えばいい?」

「せめてちょっと嬉しそうにするとか」

「なぜ?」

「私に勝ったから」

「勝つつもりで出場した」

「……そういうとこ」

 キアラはため息をついた。

 それから、少しだけ真面目な顔になった。

「ルーカスって、ずっとそうなの?」

「何が」

「何でも分かってるみたいな顔してる」

「分かってはいない」

「嘘」

「嘘ではない」

 キアラが一歩近づいた。

 青緑色の瞳が、じっとルーカスを覗き込む。

「じゃあ聞くけど」

「何だ」

「私と戦った時、どこまで本気だった?」

 沈黙。

「やっぱり」

「答えていない」

「答えない時点で答えてるじゃん」

 キアラは得意げに笑った。

 ルーカスは視線を逸らす。

 その瞬間だった。

「……ねえ」

 声の調子が変わった。

「ルーカスってさ」

 少し間を置いて。

「何を怖がってるの?」

 ルーカスの目が止まった。

「……何?」

「なんとなく」

「根拠になっていない」

「私、そういうの分かるんだよね」

「何がだ」

「前に出る人と、逃げる人」

 キアラは木剣を地面についた。

「ルーカスは、戦う時は全然逃げない」

「当然だ」

「でも、人と話してる時は違う」

 ルーカスは何も言わない。

「いつも半歩くらい下がってる」

「物理的には下がっていない」

「そういう意味じゃないって」

 キアラは笑わなかった。

「みんなのこと見てるのに、自分のことは見せない」

 風が訓練場を抜けた。

「別に悪いって言ってないよ」

「……」

「ただ、変だなって思ってる」

「何が」

「そんなに強いのに」

 キアラは首を傾げた。

「なんで誰かに知られるのを怖がってるんだろうって」

 ルーカスの中で、何かが動いた。

 敵意ではない。

 警戒でもない。

 探ろうとする意図は確かにある。

 だが、それ以上に強いものがあった。

 好奇心。

 そして、奇妙なほど素直な関心。

「……俺に興味があるのか?」

「あるよ」

 即答だった。

「何者か分かんないし、強いし、変だし」

「最後は余計だ」

「あと、本当はもっと強いでしょ」

「……」

「やっぱり」

 キアラがにやりと笑う。

 ルーカスはため息をついた。

「お前は誰にでもそうなのか」

「何が?」

「踏み込む」

「場合による」

「危険だと思わないのか」

「思うよ」

「なら、なぜ聞く」

 キアラは少し考えた。

 それから木剣の先で地面を軽く叩いた。

「だって」

 顔を上げる。

「知りたいと思ったから」

 あまりに単純な答えだった。

 ルーカスは言葉を失う。

 利益。

 安全。

 必要性。

 相手から得られる情報。

 問いかける理由なら、いくらでも計算できる。

 だが。

 知りたいから知ろうとする。

 それだけの理由で、人は他人へ踏み込むのか。

「変な顔」

 キアラが言った。

「……そうか?」

「うん」

「どんな顔だ」

「初めて何か聞いた人みたいな顔」

 ルーカスは黙った。

 少し前、老師にも似たようなことを言われた。

 キアラは彼の沈黙を気にせず、再び木剣を構えた。

「で、もう一回やろ」

「話を聞いていたのか?」

「聞いてた」

「足を休めろ」

「軽くならいいでしょ?」

「駄目だ」

「けち」

「明日歩けなくなるぞ」

「じゃあ左足だけでやる」

「余計危ない」

「だったらルーカスが相手してよ。私が無茶しそうなら止めればいいじゃん」

「……なぜそうなる」

「強いんでしょ?」

 満面の笑みだった。

 ルーカスは彼女を見つめた。

 この少女には、計算しづらいところが多すぎる。

 危険と理解して前へ出る。

 負けても怖がらない。

 他人の秘密へ遠慮なく踏み込む。

 それでいて、本当に嫌がられれば引くのだろう。

 おそらく。

「キアラ」

「ん?」

「お前は、いつもそんなに騒がしいのか?」

「失礼だなあ」

「質問だ」

「うーん……」

 彼女は一瞬だけ考えて。

「たぶん!」

 笑った。

 ルーカスは、ほんのわずかに口元を緩めた。

 キアラが目を丸くする。

「あ」

「何だ」

「今笑った」

「笑ってない」

「笑った!」

「気のせいだ」

「いや絶対――」

「足を休めろ」

「話そらした!」

 声が、誰もいない訓練場に響いた。

 その日の夜。

 ルーカスは宿の天井を見ながら、昼間の会話を思い返していた。

 彼女を旅へ同行させる価値は高い。

 戦闘能力。

 判断力。

 未知のマナ特性。

 勇者血族である可能性。

 理由なら十分だった。

 それだけのはずだった。

 それなのに。

『知りたいと思ったから』

 その言葉だけが、妙に頭に残った。

「……非合理的だな」

 誰に向けるでもなく呟く。

 そして少し間を置いて。

「だが――」

 続きは口にしなかった。

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