ロックマンを作るきっかけみたいな話

実はこの話を引越しする先々でばら撒いているんですけど実はほとんど作れてない罠(笑)

結局、何年経っても作り続ける理由というか、何をそんなに拘ってるの?と言われてもおかしくない話なんですが、

それもこれも昔からのゲームに対する思い入れがあまりにも強い事に依存しているのです。

変な話になりますが、この話に辻褄を合わせるには私の人生をほぼ最初から語らなければなりません。

実は私は中学生時代から学校に通っていませんでした。

それが原因で親族と決裂し、私はいわゆる不良のレッテルを貼られます。

この同時期にそれまで好きで集めていたゲーム機を全て根こそぎ奪い取られます。

私が一時グレていた時期で、結局碌に教育もしなかった親を逆恨みする形になります。

その結果、母親はいなくなるというよく分からない結果になりましたが、この件があって私はテレビゲームを貪欲なまでに求めるようになります。

テレビゲームに対する執着はこんな話です。

ロックマンというゲームに初めて触れたのはなんと私が3才という年齢の時でした。

1990年。

3才で到底テレビゲームが出来るとは思えないですが、当時ロックマン2のクラッシュマン面を適当に攻略していたという話を聞きました😲

私はその話を自分でも信じられなく、迷信だと思っているのですが、そんなレベルでかつてよりプレイしてきました。

ファミコンソフト自体への愛着も強く、中でもスーパーマリオ、ロックマン、ボンバーマン、星のカービィなど多岐に渡って遊んでいました。

ロックマンの自作ゲームを始めたきっかけとしては、改造ゲームとの出会いでした。

いわゆる闇市場のレッドゾーンな話なのですが、結果的にこの出会いがあったからこそ、私が今システムエンジニアの肩書きを持っているのです。

理由はどうあれ、世の中結果は強いですね😅

改造ゲームは俗に言うところの、ロムハックゲームです。

ソフトのデータをパソコンに吸い出して、内容をリバースエンジニアリングで解析し、一部ゲーム内容を書き換えて楽しむ遊びです。

これにより、私はモノづくりへの意欲に魅せられ、クリエイターの道を目指すことになります。

これが今から15〜6年ほど前の話です。

当時はまだ画期的だった、レトロゲームをモダンテイストの現行ゲーム機ソフトとしてreleaseする動きの波に乗り、

私はますますゲーム開発の道へと進みます。

こうしてロックマンのゲームを自作しようと始まったのです。

最初はハックロム形式で開発を試みていましたが、難易度の高さと容量制限という果てしなく高い壁に阻まれ、早速開発が難航。

その後、Windows実行形式で動作するゲームソフトの開発へとシフトします。

ここから先はほぼ何もしないまま、10年以上経過するのですが、色々あって途中でプログラマーを目指す独学に励んだり、

ましてやゲームの実況プレイヤーに一時期転向したりと好き勝手な道を歩き始め、結局開発意欲は増進しないまま数年が経過してしまいます。

しかしながらまだ諦めた訳ではなく、現在でもファミコンソフトとしては100%実現不可能な容量のゲームを開発する要件だけは作り上げてしまう始末です。

その内容は、3D回転処理や、A.I.ラーニング機能搭載、FM音源モジュールの開発、16ボタン式コントローラーの採用など、もうやりたい放題です😓

それもこれも、私自身が楽しみたい、もっとこれまでに無い刺激を求めたいという欲求を体現する方向性に切り替わってきているのかもしれません。

ここからは自作ロックマンの内容経過に関するお話です。

2007年頃にロックマンNo constancyという名前の改造ゲームに出会うきっかけがあり、改造ロックマン Rockman Reanimated という名前で企画しました。

しかしこの企画は1ヶ月も経たない間に無くなります。

すぐ次点のタイトルロゴ案が浮かび、名前は Closer to heaven と名付けられましたがこれもタイトル画面のレイアウトのみで企画は片付けられました。

その後にファミコンソフトとしての開発が困難と悟った私はC言語でのゲームアプリケーション開発へと進行します。

またこの少し前にRockman Zという既存の未完成作を二次改造しようとしておりましたが、この件で問題が発生し、結果的にハックロムの開発を諦めたというエピソードが残っています🙁

今ではもう昔の話ですし、何食わぬ顔で平然とお話できるので言いましたが😅

Cでの開発をスタートして間もなくタイトルはRockman X Zero(開発コード RxZ)になります。

現在は更に変わっているのですが、もうこの頃から大きな方針転換はありません。

しかしこれは2010年です。現在は2020年です。

もう10年経ってしまいました😢

それでも諦めたくない。

やめたくない。

10年以上ポリシーを持ち続けたものを「やっぱり辞めた」なんて言えるわけもない。

それを言ったら、私のプライドがズタボロにされそうで………😥

そうか…。もうそろそろ楽になれよ、と。

そう言われて崩れ去るのなら、それも道なのかもしれない。

それでも何年か経つとまた再開するんでしょうね😂

私がそういう性分なのがいけないんですきっと😅

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